H子ちゃん夫妻と昭和で飲み会

     板橋の居酒屋「昭和」で、東久留米のH子ちゃん夫妻と飲んできました。今年2度目のあの夫妻との飲み会です。あの店は立ち飲み席の他に椅子席もあるのだけれど、カウンター式というか横に並ぶ形になるので、5時に行かないと好みの席が取れないと思い、4時45分に板橋駅改札で待ち合わせしました。私は電車一本分遅刻してしまいましたが、開店間もな時間にお店に入れたので、好きな席に三人並んで座ることができました。
     今井さんは、週に一度はこの店に通う常連ですが、今日来るかどうか分からなかったのが、私たちよりも先に、裁判傍聴マニア氏たちと飲んでいらっしゃいました。
     最初に一人1200円分のチケットを買い求め、たいていの料理飲み物はチケット一枚。なかには二枚というのもありますが、料理はボリュームがあって、美味しくて安いと思います。飲み物をカポカポ飲めば1200円で足りなくなるが、そうでなければ1200円で足りるという特殊なお店です。
     ただし、ゆっくり歓談できる環境ではなかったので、昭和を早めに切り上げて、板橋駅近くに喫茶店に入りました。兄貴の三回忌法要について相談したら、「やったほうがいい」とのことでした。私も三回忌までは、人様に御案内を出して、ちゃんとやったほうがいいと思います。兄の命日は11月10日で、今年は土曜日なので、命日にできるかもしれません。姪っ子・甥っ子と相談しながら決めて行こうと思います。また兄貴が言った「取っておくのはオフクロの靴と……」については聞けませんでしたが、母も兄貴も「物を捨てる」ということができない人だったから、後のことは私がやらなきゃならないから大変だという話の中で、「サンヨーのユーフォー(U4ラジカセ)は捨てないほうがいい」と言われました。兄貴の愛したユーフォーには骨董品的価値があるようだし、ラジオはちゃんと聞けるのです。あの夫妻は、我が家の家庭の事情を知っているから、気兼ねなく話せます。
  • 2018.06.20 Wednesday
  • 23:01
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玄米文化鍋炊き成功!

     いま左手首を痛めていて、重たい圧力鍋をいじる気になれず、でも玄米も食べたいし、というわけで文化鍋で玄米炊いてみました。結果、大成功でした。炊き方を工夫したので、というか、私もネットで検索かけて調べたりしましたが、「玄米 鍋炊き」で検索かけて出てくるのは、ビックリ炊きがほとんどで、普通の炊き方が見当たりません。しかし私は自称料理研究家。私の成功レシピをブログに書いておけば、どこかの誰かが検索かけて読むかもしれない。誰かのお役に立てるかもしれないので、書いておくことにしました。
     まず玄米を水で洗います。白米のように丁寧に研ぐ必要はない、といより白米のような白い濁り水は出ないので、その辺は適当にやりました。洗った米を水に浸します。私は12時間以上置きました。というか、夜浸して、朝炊くと、12時間経っちゃうんです。浸水させた玄米をザルに上げて水を切ります。そして文化鍋に入れ、玄米2合に水420ml入れました。ザルによる水切りが悪いと、その水分も入ってしまいますが、ま、柔らかめに炊きあがるだけなので、あまり神経質になる必要ないと判断します。
     次に点火します。最初は強火で沸騰を待ちます。が、白米炊飯のときは、沸騰すると泡が吹きこぼれてきます。文化鍋の場合、カタカタという音と共に泡が噴き出し、これが沸騰を知らせる合図なのですが、玄米だと、カタカタも泡もないので、沸騰が分かりません。私は蓋を開けて沸騰を確認しましたが玄米2合水420mlなら、強火で沸騰まで5分とかからないので、タイマーを5分に合わせても良いと思います。
     とにかく沸騰したら、火を弱火にします。炎の先端が鍋底につかないくらいの火力で、10分炊きます。10分経ったら、更に火を弱め、極弱火(こんな弱火でいいんだろうかと思うくらいの弱火)で10分炊き、火を止め、15分蒸らしました。結果、こびり付きもなく、柔らかく美味しく炊けました。
  • 2018.06.19 Tuesday
  • 19:20
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ほんわかふぇ炊飯土鍋処分

     2011年にアマゾンで「ほんわかふぇ炊飯土鍋」というのを買いました。これを買ったのは、311地震直後で、鍋炊飯を覚えるためと、クックパッドの煮物レシピに、煮物は土鍋で作ると美味しいと書いてあったので、土鍋が欲しいと思ったからなのですが、残念ながら、この土鍋重いので、昨日の金属ガラス破片等の回収日に出してしまいました。美味しい以前の問題として、重たい鍋は私には無理です。使用後に右手にスポンジを持って洗うときなど、左手首を痛めてしまいますのでね。鍋はアルミ文化鍋と行平、フライパン等があれば、炊飯炒め物煮物にも対応できますし、自分の体力に合ったものにしないと、怪我してしまいますんで。
     今後は使わなくなった食器類などは、回収日にガンガン出そうと思います。このままこの家に居続けるのか、立て替えるのか、引っ越すのか、現時点では判断つきませんが、こんなものを残されたって、あの子たち(姪っ子・甥っ子のこと)だって困るだろうと私が判断したものは、ガンガン処分します。判断に迷うものはブログに書きます。大きなものは有料です。大変ですよね。
  • 2018.06.18 Monday
  • 19:01
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弁護士会館ではどうですか

     昨日、「根津では何か計画を?」という記事を書きました。これはいまから12年前のことですが、更に6年さかのぼる、まだ私が文学学校生の2000年9月頃、弁護士会館で集まりがあったようなのです。
     2000年の7月〜8月、文学学校Y先生のクラスで、夏の合宿の話が持ち上がっていました。大体そういう話は教室ではなく、終了後に居酒屋で出るのですが、先生やクラスの人たちが合宿の話をしていても、私は参加する気はありませんでした。なぜなら、次兄に死なれて、急速に衰えだした母にとって鍋釜は重く、台所仕事ができなくなっており、長時間外出、特に泊りがけというのは、そう簡単にできることではなくなっていたからなのですが、そうこうするうちにY先生から、「料理は真理子さんが担当してくれます。作ってくれます」とかなんとか書き込んである合宿の案内が私のところに届いたのです。私は、「冗談じゃない。それでなくても母が台所仕事をできなくなって、家でオサンドンに明け暮れているのに、そんなところまで行って、そんなことやらされてたまるかよ。事情も聞かずに、勝手なこと書いて!」と、怒り心頭に発し、合宿には当然行かなかったのですが、その直後の文学学校・居酒屋帰り際に先生から、「裏切り者! 裏切り者! ああまで書いても来ない。裏切っちゃいかんのだ!」と叱責された私は、「バカバカしい。つきあいきれない」と、踵を返して帰路につきました。
     そんなことが文学学校であった前だか後だか記憶は定かではありませんが、救援会都本部に行ったら、布川事件担当のYさんから、「○月○日(2000年9月○日?)に弁護士会館の講堂で集まりがあるの、来るでしょ?」みたいなことを言われたのです。そんな集まりのこと、誰からも聞いていなかったので、私は怪訝そうな顔をしたにとどまった記憶があります。また私は前年(1999年)から支援していた痴漢冤罪O事件を書いた「A事件 弁論要旨の要旨の要旨」を、文学学校に合評作品として提出したものの、Oさん本人には送っていなかったのを、ご本人に送ったのもこの頃と思いますが、「裏切り者! 裏切り者!」と私の事を言っていた先生やクラスメイトの矛先が、その直後からH君に向けられるようになってきたので、弁護士会館講堂で、何かの集まりがあった事と関係しているのではないかと思うのです。いまに至るまで、誰からも何も聞いていないので、何があったのか私は存じません。
  • 2018.06.16 Saturday
  • 16:41
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ライブラリに追っ払ってほしかった

     昨夜、妙な夢を見ました。就職の面接だかの行列に私が並んでいたら、係の女の人が、「あなたは飛び級だから並ばなくていいんです」と言いながら、私を小奇麗なゆったりとした広さのある部屋に連れて行って、「何をしていてもかまわないから、ここにいてください」と言ったのです。「本当に何をしていてもかまわないのですか? 好きなことをしていてかまわないのですか?」と問い返したら、「かまいません」という返事だったので、私は好きなだけ本を読んだり調べものをしたりして過ごしました。これでお給料がもらえるようなのです。
     あの学校でも、勉強しろしろ、うるさく言うくらいなら、ライブラリに追っ払ってほしかった。そうしたら、好きなだけ勉強できたのに。残念でなりません。
  • 2018.06.15 Friday
  • 21:03
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根津では何か計画を?


    

三兄弟は入ってますか?

     親戚に、トーハンに勤めたオジサンがいました。父の従兄弟にあたる方で、すでに他界されていますが、この方には男の子が三人います。彼らは以前書いた「飲み屋のママをしながら文豪になる法」という話の中に出てきた三兄弟です。こういう親戚づきあいは、たいてい長男一家が中心になるのだと思いますが、あの家の長男は天文学者で、ハワイだかグリニッジだかの天文台へ行ったりして、日本にいないことが多いからかもしれません。オジサンが他界された後、オバサンと共に暮らしたのは三男さんで、叔母さんが他界された後も、三男さんと年賀状交換しています。次兄の葬儀の時は、私の母もオバサンも健在で、次男さんと三男さんが来てくれましたが、母の時、兄の時は、喪中ハガキでお知らせしたにとどまりました。要するに葬式の案内をしていないのです。
     昨年開かれた兄の一周忌で私は、「今日は、お父さん・お母さん、お祖父ちゃん・お祖母ちゃん、伯父さん叔母さん、従兄妹再従兄弟……、なんらかのつながりのある方にお集まりいただいています。このつながりは掛替えのないものですので、今後も大事にしていきたいと思います」と、挨拶しました。トーハンの三兄弟も、このつながりのなかに入っているのです。兄の三回忌をどうするか未定ですが、少なくとも我がネットワークの集まりには呼んでくださいね。
  • 2018.06.14 Thursday
  • 15:59
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炊飯は文化鍋で

     2〜3週間前からでしょうか。左手首の辺りが妙に痛んで、力を入れることができなくなりました。一度整形外科で診てもらったほうがいいのでしょうけど、手首を痛めた原因に心当たりがるのです。圧力鍋なんです。玄米を炊いた後、右手に洗剤の付いたスポンジを持って、鍋の内側を洗ったり外側を洗ったり、内側をゆすいだり外側をゆすいだり、左手で圧力鍋をひっくり返したりするわけですよ。私の圧力鍋は大きくて重たいです。そして私の手は小さくて指も細いので、相当手首に負担がかかっていたのだろうと思います。これも、玄米を休んで白米に戻した理由の一つなのですが、やはり栄養豊富で美味しい玄米をたまには食べてみたいと思うのです。で、玄米炊飯をアレコレ調べたところ、文化鍋で炊いても、浸水時間は長く取らなければなりませんが、点火から炊きあがりの時間は30分前後。これだと圧力鍋と変わらないのです。今度試してみて、上手く行ったら、玄米も文化鍋で行ってみようと思います。文化鍋は鍋と蓋だけの単純構造ですから、洗うのも楽ですしね。
  • 2018.06.13 Wednesday
  • 18:59
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へーベルハウス、仕事速いです

     一昨日の夕刻、我が家の目の前で開かれたへーベルハウス見学会をのぞきに行きました。オニイサンに「お近くにお住まいですか}と聞かれたので、「目の前の家です」と答え、いろんな話をし、「また明日の午前中にうかがいます」と言って、引き上げました。
     そして昨日、約束通りに午前中に再度出かけたところ、速いのなんの、大雑把ではありますが、図面やらプランやらが用意されていたのです。
     平成2年3月に大塚の家を売ったお金で、地面を買って、家が完成したのが翌平成3年7月ですから、この家は既に築27年経っています。台所も、洗面所の床下も、屋根もボロボロなので、中途半端なリフォームをしたところで、せいぜい10年持つかどうかというところなのです。リフォームでお茶を濁すのは賢明ではないと思われます。
     だとすると、地面を売って、中古マンションでも買うか、賃貸か、建て替えかという選択になると思います。
     で、建て替えとなると、業者を選ばなくてはなりませんが、私はへーベルでいいじゃないかと思います。この家を建てるとき、新宿の住宅展示場へ行って、いろんな工法を見た結果、木造在来工法になりました。大塚の家が、庭があって、縁側があって、縁の下があって……という昔ながらの日本家屋でしたから、結果的にそれに近いものを選んだことになるでしょう。しかしあれから30年近く経って、母も兄もいなくなり、私も60歳を過ぎると、畳の部屋は要らないと思うようになっていますし(へーベルでも和室は作れると思うが)、木造の耐用年数が30年であるのに対し、へーベルは60年なんだそうで、これも魅力です。
     この家は母名義のままで、相続人は私一人ではありません。姪っ子や甥っ子のことはへーベルのオニイサンにも話しましたが、私の場合、追跡調査隊が動いていたり、ネットワークがあったり、特殊事情がありますよね。そんなこと、へーベルのオニイサンに言えるわけもなく、言葉を濁しておきましたけど、このところ私は、社長一人の出版社を起こせないかと思ったりしていますんで、どういう間取り・プランにするのかということは、それこそ着地して、ネットワークに相談する必要あるんじゃないでしょうか。へーベルのオニイサンには、その辺の特殊事情をネットワークから話してもらえないでしょうか。
  • 2018.06.10 Sunday
  • 19:10
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へーベルハウス見学に行きました

     お向こうのお庭の大きなお家は、おばあさんが昨年亡くなって、相続人間で地面を分けあい、この一年ほどずーっと何軒もの住宅工事が続いています。その中ですでに完成した賃貸住宅の見学会が昨日今日とあって、我が家の目の前のことでもあり、昨日見学してきました。ペット可の2LDKでした。この見学会は、へーベルハウスの実例見学会で、完成宅を見ながら住まいづくり何でも相談できるというものです。
    「お近くにお住まいですか?」と聞かれたので、「目の前です」と答え、二階の窓から我が家を指し、「母と兄が亡くなって、私とネコで暮らすには大きすぎ、効率悪くてしようがない」「暮らしやすいようにリフォームしようか」「売却して、どこか賃貸に引っ越そうか。ネコがいるから賃貸難しいかな」等、これまで私の頭をよぎったことをアレコレ話しました。そんな私の目の前に、ペット可の2LDK賃貸が現れたのです。私は昨年9月に甲府に、本年2月に仙台に行きました。いずれも宿泊は東横インのシングル喫煙で、あのワンルームスタイルが気に入ってしまったことから、昨日は2LDK広すぎるかなと思ったのですが、私は読んだり書いたりするし、本や資料や仏壇の置き場所も必要だし、決して広くはないと思うようになりました。
     我が家はほとんどが畳の和室で、洋間は兄の部屋だけです。が、昨日見た2LDKには畳の部屋がありません。私は腰の具合が悪いので、畳に座るのが苦手です。我が家を全室洋間にリフォームするとか。二世帯住宅に建て替えて、1階に私が住み、2階を人に貸すとか。昨日の見学会は本当に参考になりました。今日も午前中に再度出かけることになっています。
     未着地ですし、姪っ子・甥っ子との話し合いもしなくてはなりませんから、安易に話を進めることはできませんが、この家を建てたときも、住宅展示場でモデルハウスを見て、大いに刺激を受けましたから、このたびのへーベルハウス見学会で刺激を受け、混沌としている私に頭の中が整理されることを期待します。
  • 2018.06.10 Sunday
  • 10:39
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