神の言葉の成就の仕方

     久々のカテゴリー聖書の更新です。
     思うところあって今回は、「神の言葉の成就の仕方」というテーマで、すでに読んだ「創世記第37章1節〜出エジプト記第1章10節」に追記してみたいと思います。

    ハート


     私がこの度この箇所を「神の言葉の成就の仕方」という題で取り上げたのは、神の言葉の成就の仕方が、この部分にとても分かりやすく書かれているからにほかなりません。
     まず、神の言葉が夢の中でヨセフに告げられます。それをヨセフが一人自分に胸に秘めていれば、ヨセフは売り飛ばされずにすんだのに、ヨセフは兄弟にしゃべってしまいました。これが神の言葉の成就に向けた第一歩で、しゃべらなければ、商人にもエジプト王パロの役人にも売り飛ばされないし、エジプトを飢饉から救うこともないし、親兄弟をエジプトに招くこともありません。結果的に、父母兄弟が地に伏して自分を拝むというヨセフの夢が成就したのですが、ヨセフが自分の見た夢を兄弟にしゃべったとき、夢を成就させようと思ってしゃべったわけではありませんね。また兄弟がヨセフを商人に売り飛ばしたのも憎しみからで、ヨセフの見た夢の成就に一役買おうと思ったわけではありません。この物語の中に、ヨセフの夢(=神のお告げ)の成就のために頑張った人間は一人もいないのです。
     敬虔なヨセフは兄弟にこう言っています。
    「わたしをここに売ったのを嘆くことも、悔やむこともいりません。― 中略 ― 神は、あなたがたのすえを地に残すため、また大いなる救いをもってあなたがたの命を助けるために、わたしをあなたがたよりさきにつかわされたのです。
    (創世記第45章5〜7節 口語訳旧約聖書64蓮
     これ正解です。
  • 2010.01.05 Tuesday
  • 23:00
  • 聖書
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  • 2017.05.26 Friday
  • 23:00
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