歯医者の霊がついている ァ屬修里Δ噌圓ます」

     この記事の続きです。



     池袋の歯医者には毎年年賀状を出していました。特変がある場合は、「弁護士Aに会えました? 私は文学学校を卒業しましたよ()」や「K社とケンカしました。万事筋書き通りです」と書き添えましたが、特変なくとも「そのうち行きます」と書いて出していたのです。
     にもかかわらず、2005年は年賀状を出すことができませんでした。矢田部さんにも、矢田部事件以来毎年送っていたのを送らなかったので、歯医者だけのことではないのですが、歯医者に年賀状を出さないでいることが気になって気になって仕方ありませんでした。そんなに気になるなら出せばいいじゃないと思われるかもしれませんが、「そのうち書こう」「そのうち書こう」と思っていて、2月になった頃から、もうどうでもいいやと思ってしまったのです。
     年賀状を元旦に届くように年末に出す人も多いでしょうけど、私は新年になってから出すようにしているのですが、どうして2005年の年賀状を出せなかったかというと、2004年暮れから2005年にかけての一〜二ヶ月は、嘘のようにしんどかったのですよ。
     まず土曜の会2004年12月の定例会は忘年会を兼ねたものだったと記憶します。この定例会で、翌2005年1月の定例会では、私の「この学校の……」の合評をすることになりました。これに無理があったんだと思います。私の「この学校…」は、10枚や20枚のものではありません。100枚〜200枚のものなのです。それを1月の第2日曜日に間に合うように書き上げて、印刷して発送しなくてはなりませんでした。それだけではなく、暮れから新年にかけてはお正月の支度がありますよね。これも手を抜くことのできない大事なことなのですよ()。印刷も大変でした。人数分スーパーとかのコピー機でコピーするとなると、コピー代と郵送料で一万円くらいかかってしまいます。お金がないから、自分のプリンタで印刷しようと思っていたのですが、それでなくても、どういう分けか土曜の会から「早く早く」と催促されてイライラしているのに、印刷を始めると、チーコチーコキーコキーコと、絶望的に時間がかかり、結局、コンビニでコピーしたんですよね。
     それでもなんとか合評会前日か前々日には会員の手元に送り届けることができました。ところが合評会が変なのですよ。「あそこを直せ」だの「この内容じゃあ」だの「あの真理子がいま私の隣にいるのだよ。私の言うことなんかききゃせんよ」だのと、合評になってないのよ。「もう少し早く送ってくれないと、社会的に…」「社会的にってどういうことです?」という話にもなったのですよ。土曜の会に提出したものが外部に流れていると私は思っているのですが、本人の同意も得ずに流出させる反社会的行為を社会的と言っているのかもしれません。 (続く)
  • 2010.07.10 Saturday
  • 00:45
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  • 2017.06.27 Tuesday
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