本「なぜ、いま代用監獄か」

    なぜ、いま代用監獄か―えん罪から裁判員制度まで
    なぜ、いま代用監獄か―えん罪から裁判員制度まで

    花  花  花  花  花  花  花

    本書は、日弁連刑事拘禁制度改革実現本部の小池振一郎弁護士と青木和子弁護士、ご自身が代用監獄に勾留された経験のある安田好弘弁護士の三人が執筆者で、「気發靴癲△△覆燭逮捕されたら--未決拘禁って? 代用監獄って?…青木和子」「曲杆郢里見たアクリル板の「向こう側」--えん罪当事者が語る…安田好弘」「渓し莵感慇度を国際水準に--「ダイヨウカンゴク」は国際語?…青木和子」「厳沙司法の今後を展望する--裁判員制度のもとで…小池振一郎」という構成になっています。

    !もしも、あなたが逮捕されたら--未決拘禁って? 代用監獄って?……青木和子

     青木和子さんは、布川事件弁護団に入ってらっしゃるので、本書でも布川事件の桜井さん杉山さんが代用監獄でどんな目に遭ったのかを具体例として引き合いに出しています。
    「未決拘禁」とは、逮捕、勾留(こうりゅう)され、裁判によって判決が確定するまでの推定無罪の間の、拘置所や警察留置場での拘禁のことで、布川事件における代用監獄の問題は、すでに「突っ込み布川」の方に書きましたので、そちらをお読みください。


    !曲杆郢里見たアクリル板の「向こう側」--えん罪当事者が語る……安田好弘

     安田さんは、オウム真理教教祖松本智津夫被告人の主任弁護人として活動していた1998年12月に、顧問先不動産会社の執行妨害を指示したとして逮捕され、代用監獄に勾留されました。起訴された後は、1999年9月27日の保釈まで東京拘置所に勾留され、計296日間身柄を拘束されました。
     安田さんは、東京拘置所も、真夏の暑い日でもうちわ以外に涼を取る手段がなく、寒さ厳しい真冬でも一つのカイロ以外に暖を取る手段がないが、それでも代用監獄に比べれば天国と思えたこと。当事者としてアクリル板の「向こう側」に回ったことによって、弁護士としてアクリル板の「こちら側」にいたときに考えていたことが大間違いだったことに気がつきます。
    私は、捜査段階において弁護人がいれば、そして連日の接見を繰り返すなどの弁護活動を展開すれば、えん罪は防げると考えていました。刑罰と未決拘禁とは別物であると考えていたのです。
     しかし、そうではないのです。未決拘禁は、刑罰といささかも変わるところはなく、あるいは、それ以上に過酷であり苦痛であったのです。保釈においても同じです。保釈は、決して未決拘禁の苦痛からの解放ではありません。保釈金は、私に借金という名の重大な経済的負担を強いました。これは、罰金と何ら変わりません。



    !渓し莵感慇度を国際水準に--「ダイヨウカンゴク」は国際語?……青木和子

     2005年12月に開かれた未決拘禁者の処遇に関する有識者会議で警察庁は、1980年から警察署内部で、組織上も規約上も捜査担当部局と留置担当部局を分離したので、もう人権侵害は起こらないと説明したが、代用監獄の悲劇はいまも続いていること。
     また諸外国では24時間から48時間で裁判所に連れて行かれ、その後警察留置場に戻ることはなく、警察拘禁が23日続くのが当たり前で、場合によっては数ヶ月にも及ぶという国は諸外国にはない。自白率が高いということは、苦しみを与えて自白を入手しているという懸念を感じさせるなど、国際人権(自由権)規約委員会に辛らつに批判されていること。「ダイヨウカンゴク」が翻訳不可能で「ダイヨウカンゴク」のまま国際語となっていること。諸外国の拘置所の様子が写真入りで紹介されています。    


    !厳沙司法の今後を展望する--裁判員制度のもとで……小池振一郎

     2005年5月、監獄法のうち、刑務所における受刑者(既決)に関する部分が100年ぶりに改正され、面会での看守の立会い原則の撤廃などの改善があったが、監獄法のうち、ダイヨウカンゴクを含む未決拘禁に関する部分は、2006年春の立法化が目指されていると、ここには書かれています。本書が出たのが2006年2月なので、その後、未決拘禁に関する部分がどうなったのかは書いてありません。この問題については、また別のタイトルで書くことにします。
     刑務所・拘置所の被収容者を管理する「刑事施設法案」(法務省)。警察留置場の被収容者を管理する「留置施設法案」(警察庁)。この二つがセットになって監獄法改正案として1982年4月に国会に提出された。この拘禁二法案に対する反対運動から当番弁護士制度の導入、裁判員制度の導入の提唱など、司法改革の流れも書いてあります。小池氏自身が日弁連刑事拘禁制度改革実現本部事務局長で、この問題で苦労されてきたんだなぁと思いました。
     また、
    21世紀は、専門家と市民が協同して物事を決める時代。市民の納得と理解を得られない専門家だけの議論は通用しない。供述調書を読んで心証を形成することなど裁判員にはできない。裁判員制度の実施により、これまでの調書裁判から直接主義・口頭主義を実質化した公判中心の裁判に移行するし、そうせざるをえない。
     と、あるように、裁判員制度に対する期待も大きいようです。




     実は先日図書館で借りた「裁判員制度はいらない」という本、読み終えないうちに返却期限が来てしまったので返してしまいました。どうもこの「裁判員制度はいらない」という本は、ちゃんと読むのに時間がかかりそうなので、買うことにしました。近所の本屋さんへ行ったのですが、あいにく在庫がなかったので取り寄せてもらうことにし、それが届いたので、これからジックリ読みます。
     その代わりと言ってはなんですが、「なぜ、いま代用監獄か―えん罪から裁判員制度まで」という本を読んだわけです。
     裁判員制度法が成立したのが2004年5月ですね。私も救援会の会員として、それ以前からいろんな集まりで、「裁判員」「陪審員」「市民の司法参加」という言葉は耳にしていました。
    ↓クリックで実物大が読めます。

    しかしながら、救援新聞豊島版07年1月号の「編集長」欄にも書いたように、救援会にいるわりには、裁判員制度について学習するチャンスがあまりなく、パソコンをインターネットにつなぎ、いろんな情報を得るようになってから、俄然、この裁判員制度に対する問題意識が芽生えてきました。
     特に最近は、取調べの可視化や代用監獄の廃止が進まないうちに裁判員制度が実施されることの危険性を感じるようになっています。とにかく、学習します。


  • 2007.01.18 Thursday
  • 15:15
  • 司法
  • comments(0)
  • trackbacks(0)

    

スポンサーサイト

  • 2017.06.27 Tuesday
  • 15:15
  • -
  • -
  • -

    
コメント
コメントする
(承認制です)








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック
(承認制です)