御射山先生との思い出 て大板橋病院婦人科

     2003(平成15)年の10月に、私は日大板橋病院の婦人科に入院して手術を受けました。その際、担当のT先生がパソコンを見ながら、「以前、一度来てますね」と言われたのですが、私には何のことだかサッパリ分かりませんでした。「こんなところに来たのは今回が初めてだ」と、その時は思っていたのです。ところが、日記にも書いたように、昨年の5月、他のことが何も手につかないくらい物思いにふけって、ずっと長い間忘れていた「カルテの裏側の走り書き」のことなどを思い出したとき、日大板橋病院の婦人科に、以前にも行っていることを思い出しました。
     何年何月何日のことかは記憶にありません。が、それが祝祭日であることは間違いありません。なぜならば、その日、私は池袋の、とあるビルの3階のお部屋で朝方から具合が悪くなり、起きるに起きられなくなっていまいました。横になっていれば楽になるかと思って様子を見ていたのですが、楽になるどころか猛烈に左腹部が痛み出したので、「体調が悪い。これから医者に行く。また電話する」と職場の美容室に電話をかけ、4階のお部屋で寝ている御射山先生をたたき起こし、「救急車でもタクシーでも、なんでもいいから病院に連れてって」と頼んだのです。
     タクシーで近所の病院に行ったものの、「今日は休みで人がいないから、大きいところへ行ってくれ。この辺だと日大板橋。あそこなら間違いなく人がいるから」と言われ、タクシーに乗りなおして日大板橋の救急室に行きました。タクシーの中でも私は悲鳴を上げていたし、救急室の待ち合いのベンチでも悲鳴を上げていたのですが、どういうわけか、私の番が来る直前に、痛みが消えてしまいました。しかしここまで来て、受付まで済まして、黙って帰るわけにも行かないのでドクターの前に出ると、「これまでに卵管がねじれてるって言われたことありますか?」と聞かれました。「あります」と答えたら、婦人科へ行くように言われ、婦人科で診察を受けたのです。婦人科では問題がなく、また救急室に戻って、こんどは尿検査をしました。結局、石。尿路結石だったのです。悲鳴を上げるほどの痛みが急に消えたのは、石が膀胱に落ちたからということでした。
     で、どうしてこの話を、昨年5月に「カルテの裏側の走り書き」などを思い出したときに思い出したかというと、「この間、大変だったのよ」と、池袋の歯科医院でこの話をしていることを思い出したからなのです。
     この話を歯科医院でしたのがいつなのか。日にちを特定することはいまの私には出来ませんが、私はその歯科医院で奥歯の矯正をしていて、矯正の先生が来ていたのは月曜日だけだったので、御射山先生に日大板橋病院に連れて行ってもらった直後の月曜日だろうと思います。
     歯科医には、池袋のお部屋のことも0学のことも御射山先生のことも話していないので、「みんなが先生、先生と呼んでいる人に日大板橋に連れて行ってもらった」というふうに話しました。2003(平成15)年の10月に、日大板橋病院婦人科に入院したときT先生が、「以前、一度来てますね」と言ったのは、このことだったのです。

     2003(平成15)年の10月に日大板橋病院婦人科に入院した際、「お見舞いに来て。早くしないと退院しちゃうから、早く、早く」という手紙を、私は病院から弁護士Aに書き送っています。あの手紙は弁護士Aに届いたのでしょうか。何だかサッパリ分かりませんけど。
  • 2007.02.06 Tuesday
  • 17:15
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