「ローマ人の物語 12、13」(塩野七生 新潮文庫)

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    「ローマ人の物語」の(12)と(13)(塩野七生 新潮文庫)を読み終えました。
    (12)には、ギリシャでのポンペウスとの決戦に勝ち、亡命を試みたポンペウスを殺した内戦状態のエジプトを安定させたカエサルがローマで殺されるまでのことが書いてあります。
    (13)には、カエサルから後継者に指名されていた18歳のオクタヴィアヌスが、真の後継者になるまでの14年間が書かれています。
    「歴史はときに、突如一人の人物の中に自らを凝縮し、世界はその後、この人の指し示した方向に向かうといったことを好むものである。これらの偉大な個人においては、普遍と特殊、留まるものと動くものとが、一人の人格に集約されている。彼らは、国家や宗教や文化や社会危機を、体現する存在なのである。……
     危機にあっては、既成のものと新しいものが交ざり合って一つになり、偉大な個人の内において頂点に達する。これら偉人たちの存在は、世界史の謎である。」
    ブルクハルト『世界史についての諸考察』より
    「ローマ人の物語(12)」P105
     この引用文を読むと、ブルクハルトの『世界史についての諸考察』も読みたくなってしまうのですが、それはさておき 処刑者名簿を作り反対派を一掃したスッラと違い、戦いはしてもカエサルは、カエサルへの恭順を誓えば、勝負がついた後のポンペウス側についた人々の去就を自由としました。資産の没収も公職追放もなく、言論も自由でした。
     ローマの覇権下にあるローマ世界は、多民族多宗教多言語で、これを古代人は帝国と呼んでいました。したがってローマはカルタゴを降した時代から帝国と呼ばれていて、後世の植民地帝国ではない、古代人の考えた帝国 ―― ポリス(都市国家)を超越したところに生まれるコスモポリス(世界国家) ―― 塩野氏によれば、これがカエサルがローマ人に指し示そうとした将来のローマ国家のあるべき姿で、カエサルは暦の改定・通貨改革などを断行しますが、このカエサルの理念を理解できる人間が周囲にいなかったようです。「カエサルは王位を狙っている」と言えば、王政アレルギーのローマ人からカエサル暗殺の支持が得られると思った人たちに3月15日に殺されてしまいます。しかし事態は彼らが思ったようには推移しませんでした。
     翌16日に公開されたカエサルの遺言状で後継者に指名されていたのが18歳のオクタヴィアヌス。「オクタヴィアヌスって誰?」と誰もが思った少年でした。
     この遺言状が公開されて最も失望したのがクレオパトラとアントニウスで、カエサルとの間に生まれたカエサリオンと供にローマに滞在中のクレオパトラは息子と供にローマを発ちます。
     最高権力者の右腕と自負していたアントニウスにとっても、未熟な18歳のオクタヴィアヌスがカエサルの後継者であることが納得できませんでした。しかし遺言作成時カエサルは、オクタヴィアヌスが18歳の年に自分が55歳で死ぬとは思っていなかったわけで、その後14年間の内戦を経て、オクタヴィアヌスはカエサルの後継者にふさわしい人物となります。カエサルの人を見る目、たいしたものですね。


     
     この塩野氏の「ローマ人の物語」シリーズは塩野氏の私見や解説が多く、それをありがたいと思うこともあれば、うざったく思うこともあります。この(12)(13)に関して言えば、もう少し簡潔明瞭に書いてほしかったです。

    オススメ度 ★★★☆☆。

  • 2008.09.03 Wednesday
  • 23:12
  • 本・映画
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塩野七生塩野 七生(しおの ななみ、1937年7月7日 - )は、東京都出身の作家、小説家。プロフィール東京都立日比谷高等学校、学習院大学文学部哲学科卒業。1963年からイタリアへ遊学し、1968年に帰国すると執筆を開始。雑誌『中央公論』掲載の『ルネ
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  • 2007/05/22 9:57 AM