御射山先生との思い出 ゥ丱屮襪諒壊と共産党の時代

     0学開祖御射山先生との思い出の第五弾です。前回の第四弾が2月6日なので久々です。
     
     池袋の、とあるビルの3階のお部屋から美容室に通うという日々を送っていた私を、用事があれば母は電話で呼び出していました。あれは確か平成元(1989)年の10月か11月か……、その頃だと思います。私の家で、大塚の家を売るという話が浮上し、母と一緒に某不動産会社小石川店に税金相談などに行ったのも、その頃が最初のはずです。
     で、開店10時閉店9時の美容室で働きながら、その合間合間に母に呼び出されて、あっちこっちに出かけるのもシンドイと思っていた、とある日、4階の御射山先生のお部屋で、
    「大塚の家を売るっていう話が出ていて、お母さんからしばしば呼び出されて大変だ」
     と、ぼやいたら、御射山先生に、
    「家を売るって話が出てるの? 売るなら来年の3月までに売りなさいよ。3月を過ぎたら、売りたくても売れないから」
     と言われたのです。つまり先生には、バブル崩壊の時期が分かっていたわけです。
     そして翌年、つまり平成2年の3月に私は大塚の家を売りました。で、その話を御射山先生にしたら、「売った!? 言ったとおりにやる奴、滅多にいない。おまえは自分が何をしたか分かってる? 大変なことをしたんだよ」と驚いていました。そうです。私はバブル崩壊前の絶妙のタイミングで、大塚の家を売ったのです。私名義のものではありませんが、私がいなければ、あのタイミングで売ることはできませんでした。
     御射山先生がバブル経済が平成2(1990)年の3月までで、それを過ぎたら売ろうにも売れなくなると言ったのは、0学から導き出されたものだと思います。しかし私は、御射山先生と出会う以前(1987年)に、数年先のバブルの崩壊を予見していて、崩壊直前に大塚の家を売るだろうと人にしゃべってもいるのです。お店(美容室のこと)のことやら何やらで忙しく、残念ながら御射山先生とは、御射山先生と出会う以前の話をすることが出来ませんでしたが、いずれにせよ、バブルの崩壊を事前に予見していたことでは御射山先生と私は同じでした。御射山先生と私の違いは、御射山先生がバブル経済を平成2年3月までと、時期を予見したのに対し、私は何年何月という時期を予見したのではなく、崩壊直前に家を売るだろうと言ったことです。
     で、御射山先生が0学によって予見したことと私の予見が一致したのは、これだけではなく、まだまだあって、「これからは共産党の時代」というのもその一つです。たどる道・方法は違っても、御射山先生と私の予見が一致しているなら、これからは共産党の時代でしょう。

     ところで、ネットでも流れていることですが、細木数子の占いは0学からの盗作ですね。これを苦々しく思っている人は0学関係者の中に多くいます。私はいま救援会の会員で、共産党の人たちとのお付き合いが多く、なかには弁護士もいます。以前、御射山先生は「共産党の弁護士なら優秀だ」と言われていました。いまの私なら、共産党の弁護士を御射山先生に紹介できるんですけどね。残念です。
     私がこのブログに御射山先生との思い出を書いたら、とある人からメールをいただいて、御射山先生が2001年に亡くなったを知りました。この方と近々会うことになっています。その際、細木の話は出るでしょうか。0学会にいまでも弁護士は必要でしょうか。私で役に立つことはあるでしょうか。お会いするのが楽しみです。
  • 2007.06.04 Monday
  • 05:34
  • 御射山先生との思い出
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  • 2017.08.19 Saturday
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