啓示について


    (「土曜文学第2号」についてくわしくは真理子のホームページをご覧ください) 

    土曜文学第2号に「『約束の地』を考える」というエッセイを書きました。その中で私は、「啓示があったというのでしょうか」(土曜文学第2号81蓮砲函∋篌身の身に起きたことを書いています。
     こう書いておきながら、啓示の意味がよく分かっていませんでした。
    あらわし示すこと。人知を以て知ることのできない神秘を神自らが人間に対する愛の故に蔽いを覗いてあらわし示すこと。天啓。聖書では黙示と訳。(広辞苑)


    この広辞苑の記述を読んでも、いま一つ分かりませんでした。が、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を読んで、よーく分かったような気がします。ウィキペディアには、こう書いてあります。
    啓示(けいじ)とは、神または超越的な存在より真理または通常では知りえない情報を示されること。
    預言、天啓、神示、宣託、霊感などといわれ、これらを総称して啓示宗教(revealed religion)と呼ぶ。
    キリスト教は自らrevealed religionであることを認めている。
    ギリシャ語でアポカリュプトー(avpokalu ptw)といい、「覆いを取り除く」「明らかにする」という使い方をする。
    また宗教とは区別されるが、近年ではチャネリングやリーディングと呼ばれることもある。「眠れる予言者」で有名なエドガー・ケイシーの残したさまざまな文書は、科学的な検証も行なわれている。
    啓示が占いと異なるところは、その意味内容が占いに比べ明確で、はっきりした言葉、文字またはビジョンとなって示されること。ただし、啓示を受けた人間の主観に左右される要素は大きい。


     これが啓示なら、私はしばしば啓示を受けていることになります。土曜文学第2号の「『約束の地』を考える」では、20年前の本屋の話と弁護士の話しか出てきませんが、池袋の歯科医院でも啓示を受けたことになります。大変なことです。
  • 2006.08.02 Wednesday
  • 00:06
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