「裁判員制度は市民のものか」(小田中聰樹講演録)


     小田中先生の「裁判員制度は市民のものか」を読み終えました。これは昨年6月に開かれた集会での、小田中先生の講演をまとめたものです。
     裁判員制度批判本は他にも出ていて、私も読みましたけど、私のような者は特に、制度導入以前の刑事裁判の流れそのものが分かっていないので、あまり細々書かれていても、なかなか理解できませんでした。が、この講演録は問題点が簡潔にまとめられていて、分かりやすかったです。

     要するに裁判員はお飾りなんですね。
     公判前整理手続きでは、裁判員抜きの専門家だけで話し合いが行われ、裁判のおおよその骨格が決められます。この段階で裁判官が心証を固めれば、当然裁判員裁判でリーダーシップを発揮するでしょう。検察の証拠隠しや代用監獄の問題を考えると、有罪率はこれまでより高くなると思われ、仮に裁判員が頑張って無罪を出したところで、検察が控訴すれば、二審の高裁は、これまで通りの専門家裁判。引っくり返えせるんです。
     こんなお飾りのために、辞退すれば処罰だの、損害は補償しないだの、本当に迷惑千万だと思います。


  • 2008.04.27 Sunday
  • 23:59
  • 裁判員制度
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  • 2017.11.18 Saturday
  • 23:59
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コメント
小田中さんが、雑誌現代思想10月号で論じられておられるように
「日本の刑事裁判は捜査依存、調書依存の裁判、ゆえに誤審冤罪が絶えない。。。これを改善しないまま単に公判への国民参加システム(裁判員制度)を導入しても
 腐った土台の上に家を建てるようなもの」
と言っておられる。この裁判員制度導入に当たって、<裁判員>に迷惑が掛からないように、公判の効率化、迅速化、平易化のため訴訟進行を強権化し、弁護活動を制限しようとする手続こそが、<公判前整理手続き>である、と。
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  • 2010/11/19 11:45 AM
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