御射山先生との思い出 追跡調査

     0学開祖・御射山先生との思い出の第七弾です。第六弾が昨年6月なので、ほぼ一年ぶりです。

     池袋の、とあるビルの4階の御射山先生のお部屋で、私は御射山先生といろんな話をしたのですが、こういう話しをしたこともあるんです。
    「真理子、おまえは歴史に名前を残すよ」
    「私が歴史に名前を残すの? で、誰のようになるの? 歴史上の人物たって、豊臣秀吉とか、いいろいろいるでしょ。ねっ、私は誰のようになるの?」
    「そうねぇ、いまのままでいくと、この調子でいくと、○○くらいにはなれるんじゃない?」
     誰のようになると御射山先生が言ったのか、○○の部分は内緒にしておきますが、御射山先生にこう言われたとき、私はさほど驚きませんでした。なぜならば、第五弾で書いたように、御射山先生と私の予見が一致したことは多くあって、これもその一つだからです。つまり私は「私は歴史に名前を残す」と自分で分かっていて、人にしゃべってもいたのです。

     いまから30年以上前のこと。とある人に私は、こう言ったことがあります。「私があなたのことを書けば、あなたのところに調査が行くよ。太宰治の伝記だって出ているんだもの、私の伝記が出ないわけがない。伝記なんてのは、出るのは死後かもしれないけど、調査は生きている内から進んでいるものなのよ。少年Aというふうに、私が実名を伏せたところで、「Aとは誰か」が調べられる。そりぁ、家族や親類縁者に迷惑がかかるから、公表は控えるにしても、研究調査はされるものなのよ」と。
      
     こんな話をしてから30年以上たった2006年5月のこと。兄の口から「追跡調査……、国立の……」という言葉が出たことがあります。意味が分からず問いただしても、のらりくらりと兄が言明を避けていたので、ハッキリしたことは分からないままになっています。
     が、ちょうど、救援会豊島支のF子さんからいろんなことを根掘り葉掘り聞かれた頃のことで、F子さんに聞かれたことの中には、「おばちゃんの成年保佐人だった私が、おばちゃんの同意を得ずに入院させたのはおかしいじゃないか」というのもあったので、裁判所の後見監督センターのほかに、後見人を追跡調査する国立の機関があるのかなぁとも思うのですが、そうではなくて、「追跡調査……国立の……」というのは、私の伝記の準備が進んでいるということなのだろうと思います。
     したがって、「F子さんからいろんなことを根掘り葉掘り聞かれた」と書けば、それが調査されるし、「掲示板を宣伝に利用している』と言われている」と書けば、それに調査が入るし、「空巣に入られそうだ」と書けば、それに調査が入ってしまうのです。

     なんで、こんなことを書き気になったかというと、追跡調査について勘違いしている人がいるように思えるからです。
     近々、弁護士Aに再度手紙を書き送ろうかと思っていますが、弁護士Aに渡す前に開封してしまう。メールを寄こす前に誰かに見せてしまうのは、追跡調査ではありません。
     弁護士Aに書き送る手紙の中味も、調査の対象になるだろうけど、それは私も(多分、弁護士Aも)自覚しているので、いずれ時期を見て、調査隊にお知らせしますから、「開封せずに弁護士Aに渡し、誰にも見せずにメールを寄こす」を実践していただきたい。
  • 2008.05.29 Thursday
  • 12:49
  • 御射山先生との思い出
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  • 2017.06.27 Tuesday
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